「旅するブレンドコーヒー」という表現

深澤 諒さん
秋田県秋田市 → 福島県三島町 → 楢葉町
秋田県秋田市生まれ。秋田県立大学生物環境科学科で生物の高校教員免許を取得。在学中に世界一周を経験したことから、教員以外の道を模索するようになり、卒業後は福島県三島町で地域おこし協力隊として観光協会で活動。その時にコーヒーの師匠と出会い、その後、楢葉町へ移住し、コーヒーを軸とした事業を展開中。

contents

秋田県秋田市出身の深澤諒さんは、小学校から陸上に打ち込むスポーツ少年でした。しかし、怪我が原因で陸上をやめ、高校からは小学生向けの陸上のクラブチームで子供に教える側になりました。元々学校の先生になりたかったという深澤さんは、教員免許を取れる秋田県立大学に進みました。そこは陸上のクラブチームのホームグラウンドがある所で馴染みもあったそうです。大学では、生物環境科学科で環境や人間を取り巻くもの社会など幅広く学び、生物の高校の教員免許を取得しました。

その在学中に深澤さんは世界一周を経験しました。興味を持ったきっかけは、大学時代に出会った先輩が世界一周をしていたこと。それまでも、中学時代は秋田県を一人で回り、高校時代には日本一周をした経験もある、旅好きの深澤さん。深澤さんにとって旅の楽しさは、知らないところに身を置くことで、知らないものを知れる、経験したことがないことを経験できることだったと話します。

世界一周の目的の1つに、教員になる前に世界を見ておきたいという気持ちがありました。「物事は比較することによってわかる。日本で学校の先生になって、子供達に何かを伝えると考えた時に、日本と比較する対象が必要だ」と思ったのだそうです。

そして、中国、ベトナム、モロッコやノルウェー、アメリカ・・・ぐるっと世界を巡る旅を終えた時、深澤さんのものの見方はガラッと変わっていたのだそうです。1番の変化は、学校の先生になるために世界一周をしたはずが、就職先として教育分野を目指さなくなったこと。自分のやりたいことは、学校の先生じゃなくてもできるのではないか?自分の中で出てきた他の選択肢に向かい、そのあとに教師をまた目指しても遅くはない、と考えるようになりました。

そして大学卒業後は福島県三島町の地域おこし協力隊を就職先として選び、観光協会に所属し、町のPRなどを行いました。お土産の商品開発やツアー作り、パンフレット作りなどいろんな仕事を経験したそうです。

三島町での仕事をしていた時、偶然、コーヒー豆を焙煎している人と出会いました。元々コーヒー好きだった深澤さんが「僕も焙煎をやってみたいです」と言ったのが今から3年前。地域おこし協力隊の仕事とは別にコーヒー焙煎の勉強を始めました。

その後、三島町の次となる生活を考え始めた時期、福島県浜通りに住む友人を通じて、楢葉町でシェアハウスと食堂kashiwayaの管理人をつとめる古谷かおりさんと出会いました。深澤さんは、移住先を検討する上で三つ軸を決めていたそうです。まずは最低限寝泊まりできるところ。次に最低限生活費が稼げるところ。最後に挑戦できる環境があること。「シェアハウスと食堂 kashiwaya」にはこの三つの軸が揃っていました。コーヒーでの事業展開を考え始めていた深澤さんにとって、シェアハウスに住みながら働いてお仕事をもらいつつコーヒーも出せる、そんな願ってもない環境が、ここ楢葉にあったのです。

そして今、深澤さんはkashiwayaのスタッフとして働きながら、三島町に定期的に通って師匠の窯でコーヒーを焙煎し、食堂や、様々なイベントで提供しています。「awai」という名前のカフェも月一でオープン。多くの方からイベントへの声掛もあり、コーヒーの人としての認知が広がってきています。

深澤さんにとって楢葉町は数ある面白い地域の一つ。浜通りは特徴的だと思う反面、特徴がない地域などなく、それぞれの地域に良さがあると語ります。

「町の魅力を聞かれた時に、豊かな自然や美味しいご飯、温かい人と答えるのはあまり好きじゃないんです。全国数ある市町村の中で一位じゃなくても魅力的なところはいっぱいある。自分にとっては、「夜明け前の海で、日が昇るのをじっと見つめる時間とか、そういうことができる楢葉町が魅力です。それは町のPRに使えるようなものではないかもしれませんが、個人の感情と紐付いて初めてよく見えるものなんだと思います。」と深澤さんは語り、道路に落ちた真っ赤な紅葉の写真を見せてくれました。

一方で、楢葉町に住むという時間の蓄積によって町への愛着が芽生え、好きなこと、好きなもの、好きな人が増えていくことが、そこで将来を考える一歩となる。今は楢葉町を出発点に、深澤さんはコーヒーを軸とした事業を展開し始めています。そこには、この楢葉での暮らしに安心感を持てたことも大きいそうです。地元の秋田に帰ると秋田が好きだなと思う。そして楢葉に戻って来れば家に帰ってきたと思える心地よさがある。深澤さん自身、その土台としての安定感があってはじめて、思う存分活動ができると実感しているのだそうです。

深澤さんには座右の銘があります。それは、“事実はひとつ解釈は無限”。「一杯のコップに入っている水を見て何を語れるかで、これまで何を経験してきたかがわかるんじゃないかと思います。国語の先生が見たら詩的に表現したり、生物の先生だったら生き物にとっての水の重要性を話したり、世界一周した人は世界の水事情のことを話せたりします。解釈を広げるのが勉強であり、学ぶこと。語れることが増えたほうが人生楽しいんじゃないかというのが意味で一番大事にしています。」と深澤さんは語ります。

その根底には、全て学びにつながっているという想いがあります。例えば、コーヒーを通じても、温度や淹れ方、時間、豆の種類など、様々な要因が関数となって味を作り出す理科の側面も持っている。そんな発見からも学びの共有ができる。世界一周から学んだ、学校の先生に固執しなくても、学びの共有ができるということ。自然環境なのか、コーヒーなのか、旅なのか、ツールが違うだけで、自分が面白い、楽しいと思うこと、知って教えたいと思うようなことを「共有」するものなのだと。世界一周をして、コーヒーの個人事業をやっていたという理科の先生がいたら、それも魅力的ですね。

深澤さんは大学時代の世界一周の旅の間、絵日記を描いていました。そのノートを見返すたびに旅を思い出すことができることからインスピレーションを受け、今、深澤さんは楢葉で感じたことをブレンドコーヒーの味として表現しようと考えています。例えばその地域で感じたことを、世界一周で描いた旅日記のようなポストカードを作りコーヒーに付けることができないか。深澤さんにとってコーヒーは何かを伝えるための表現ツール。「旅するブレンドコーヒー」として、自分の地域に戻った後に、旅先で買ったブレンドコーヒーが旅先を思い出すきっかけにできるのではないか。そして、味とストーリーとして将来的には浜通りの13ブレンドを作り、浜通りのことを伝えられたらと考えているそうです。

また、深澤さんは自分の焙煎所を持ちたい、と夢を語ります。自分が焙煎した豆をカフェで扱ってもらったり、道の駅でお土産として売ってもらうことを目指し、「旅するブレンドコーヒー」の実現に向けて動いています。

share
All
Page Top